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USPは何か?

デザイナーの専門性は危機に直面しています。情報環境の変化、特にデザインのデジタル化とネットの浸透がデザイナーと「デザイン好きなアマチュア」の壁を危険なほどに薄くしてしまいました。「より製品化の現場に近いかどうか」が両者を分けているものになっています。しかし、決定的に両者の間を分けているものが「職業としての自負心」と「普遍性」だといえます。

このような議論は、デザイナーの専門性ばかりではなく、「日本のものづくり」にも同じことが言えるのです。韓国はすでに先進国としての実力を持っています。さらに中国は偽物や粗悪品を作る国から、一躍大国として、独自の視点からものづくりをするようになるでしょう。

かつて、日本は欧米の製品をコピーしていると非難されました。しかし、それは飛躍の通過点に過ぎなかったのです。韓国はすでにその通貨点を過ぎ、サムスンなど、デザインの点でも高く評価される企業が出現しています。中国もその通過点の上にあるのです。

日本のものづくりは、必ずしも優位性を保てなくなることは想像しなくても、感じることができるでしょう。

アジア地域に日本のものづくりを脅かす存在が出現することによって、日本の製品は世界市場でどのようなポジショニングができるでしょうか?

欧州のメーカーはすでに日本の追い上げによって、競争力のない企業は市場から退場しました。米国でも生き残っている企業は競争力あるメーカーのみです。廉価なアジア諸国の企業からの脅威は限定的です。

日本のメーカーは、欧米企業が持っている「迎え撃ち」の手段を持っていません。日本製品は性能が良い、安い、耐久性がある。このような「機能的」な側面をいまだに強み、売り文句(Unique Selling Proposition)にしています。

しかし、これらのUSPは韓国や中国のメーカーによって、易々と駆逐されてしまうでしょう。日本人にできて、韓国人、中国人にできないことなどないのですから。

漢字文化圏に生き、仏教・儒教の影響を受け、人種的にも、歴史的にも深いつながりがある韓国・中国には、日本人が持っている「ものづくりの精神」が潜んでいると考える方がいいのです。

そのとき、日本のメーカーはUSPをデザインに置くことが必要になります。

機能性という面に強い自負心を置いてきた日本メーカーにとってはとても難しいことでしょう。

しかし、製品の客観的な機能の比較では、韓国メーカーと差別化することは難しくなっているのです。製品を単に「物質的な存在」として扱うのでは、韓国製品に勝つことはできません。

そこで、製品は「経験的な存在」だと考える必要が出てきます。旅行やテーマパークのようにです。

製品を使うことは、旅行をすることに近いと考えると、そこに生き残る道があるかもしれません。

製品に世界観を持たせて、その世界観ごと販売・レンタルすることで、日本のものづくりは新しいものづくりに進化できるのではないでしょうか。

デザイナーも、何か客観的なカッコよさやシンプルさではなく、世界観の描きだしを重視したほうがいいでしょう。それはイタリアデザインが強い個性を主張しているように、日本人にしかできない、日本人らしい個性なのです。

そのような個性を求めるとき、日本デザインの歴史を見ればわかりますが、必ず「東洋性」への回帰という安直な回答を出しがちです。龍や五重塔・・・。わかりやすいですが、それは本当の日本なのか?

デザイナーは明治時代の国際化の中で起きた日本デザインの探索とは異なる、普遍的な日本性の探求をしなければならないでしょう。それはすでに始まっているともいえます。

アキバやシブヤの文化を政策的に発信するクールジャパンのプロジェクトはその流れの中にあるといえます。

YouTubeなどで自生的に広がっている日本文化の発信が盛んな中、あえて政策的にこのようなプロジェクトを実施する必要性があるのかは疑問ですが、「将来の方向性を示した」という点では意味があるでしょう。

日本らしいデザイン、世界観。それは簡単な言葉ですが、描き出すことが難しい存在です。実際に日本らしいデザイン・世界観は「あるもの」ではなく、「なりたいもの」なのです。将来の日本性を描き出すという作業ですから、もしかしたら数十年かかるかもしれません。明治日本は世界へ船出して、第二次世界大戦を経て、ようやく戦後に「日本」らしさを見つけ出しました。その過程は100年以上かかっています。

既に始まっている、新しい「日本探し」は何十年かかるでしょうか。

デザイナーはこの作業の中で、もっとも責任がある職業人であるといえるでしょう。